気をつければ未然に防げたような失敗をやらかしたり、つまらないことで二度手間を食ってしまったときに、よく思い出す(後)北条家のエピソードがある。
三代目当主が、ある朝に跡取りである自分の息子が、朝餉の汁を茶碗に注ぎ、もう一度注ぎ直すのを見て、
「これで北条家も終わりか..。毎朝何年もやっていることなのに、未だにその分量も計れないような者が当主になれば、もうこの家が滅びるのは目に見えている..」
と嘆いた、という。
家臣の前でそんなことを口に出すこと自体が国を亡ぼす要因になるので、実話かどうか疑わしく思うが、史実はさておきこの話は、当時の人たちの日常に持っていた意識、心構えを象徴的に教えてくれているには違いない。
自分も男なので、侍たちが雄々しく豪快に生きた室町の時代には、言葉にならないような憧れやロマンを感じるが、一方でこの話を思い出すと、もし戦国大名の家に生まれていたら、自分なら一日で国を潰していただろうと自嘲してしまう。
今は、うちの鳥たちと接する時にこの北条家の逸話をもっとも頻繁に思い出す。
アビアリー(鳥の家)にいるインコも鳩も、私が外から帰ってくるときの、だんだんと近づいてくる自転車の音や靴の音を聞き分ける。見えていなくてもちゃんと分かり、他の人のもの音には反応しない。
鳥たちはいつもまわりを観察し、生きるのに必要なことを独習し、ちゃんと覚えている。
痛い思い、怖い思いをした失敗は二度と繰り返さない。
その隣で、毎日くだらない失敗を繰り返す私を見ながら、人間 は バカな生きもの、と思っていることだろう。
鳩やインコを海辺まで連れて行き、ケージから出した後に、
「あっ!ごめん、水忘れてきた」
というようなことが、しょっちゅうある。
その度にうちの鳥たちは、
「ふっ、人頭とはよく言ったもんだな・・」
と言いたそうに私の顔を見上げる。
※鳥頭 = 記憶力の悪い人、バカ 人頭 = どうしようもないバカ